「発酵はかっこいい」。あるアーティストにインタビューした時の言葉が忘れられない。以来、地元・函館の発酵食に思いをはせ、少しずつ食事に取り入れている。「みそソムリエ」なる資格も取った。
11月は正月に向けて作るベニザケのいずしの仕込み時期だ。母の字で「飯ずし」と書かれたノートを開く。12年にわたる 母の実験と創造の記録には「気温が高く白カビがあがらない」「重石を追加」「不安だったが上出来」と克明に記されている。
温暖多湿な日本は「発酵大国」と言われ、その多様性は世界的にみてまれだ。 みそをとっても八丁みそ、麦みそ、倍こうじなどあまたあるのもその象徴だろう。食材をそろえ、冷蔵庫などで温度管理できたとしても、その土地の発酵食はその風土の中でしか生まれない。「母のいずしを引き継ぎたい。ならば今がその タイミングだ」という思いが強くなったことは、4年前に東京からのUターンを考えるきっかけにもなった。
樽やおけを総動員させて仕込む圧巻の風景は、母が高齢になり二度と見ること ができない。その代わり、いずしづくりが得意な友人たちに交ぜてもらい、今年は自分がいずしに向き合う。年末の樽開け後に交換し合うのも楽しみだ。
異のものが交わり、時を待ち、それぞれが持つ魅力が引き出され、うまみを増 す。それが発酵文化であることを知った時、思った。人と人、人と社会も同じではないか。先人たちの知恵や日々の営みを思い、「発酵はかっこいい」という言葉がふに落ちた。
泉 花奈(まちの編集者・函館)
2020/11/08 北海道新聞朝刊 コラム「朝の食卓」より一部編集